大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)8880号 判決
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【説明】
原告Xは、被告Y1から昭和五五年七月八日、本件建物を、賃料は一ケ月一二万円、敷金六八〇万円、手付金二〇〇万円(敷金残金支払のとき敷金に充当する。)等の約定で、本件建物を賃借し、同月一五日までに手付金二〇〇万円を支払つた。ところがその後、Xは、本件建物について、その敷地の所有者から、被告Y1らに対し、処分禁止、占有移転禁止等の仮処分の執行がなされていることを知り、敷金の残額の支払を拒否し、被告Y1に対し、履行不能又は瑕疵担保責任を理由として、本件賃貸借契約を解除し、手付金の倍額の返還を求めた。本判決は、履行不能による解除を否定したが、瑕疵担保による解除を認めて、被告Y1に手付金二〇〇万円の返還を命じた。
【判旨】
3 原告は、被告阿部の賃貸人としての使用収益義務が履行不能となつた旨、又は同被告は瑕疵担保責任がある旨主張するので以下判断する。
(一) <証拠>によれば、原告が本件賃貸借契約を締結したのは、本件建物において美容院を経営するためであり、そのためには本件建物に多額の投資をなすことを予定しており、長期に亘つて右経営を継続することによつてその回収をはかることを企図していたこと、原告は昭和五五年七月一五日までに被告阿部に対して手付金二〇〇万円を支払い、敷金残額四八〇万円を同月二二日までに同被告に支払うことを約したが、原告は同日までに右金員を調達することができなかつたため、双方合意の上、右決済日を同月二九日に延期したこと、ところで本件建物には土地所有者申請の前記認定の仮処分が執行されていたが、本件賃貸借契約を原告に代つて締結した実母の玉田小末は右締結時に右事実を被告らから知らされておらず、昭和五五年七月二六日に本件土地及び建物の登記簿謄本をとつてはじめて右事実を知つたこと、そこで原告らは知り合いの司法書士や弁護士に相談したところ、被告阿部の本件建物の所有権取得及びその敷地の占有権原に疑問があるが、納得のいく話なら契約をしてもよい旨教示されたので、原告らは同月二九日、残金四八〇万円を持参して被告阿部の事務所に赴き、同被告に右の問題点についてただしたところ、同被告は、本件建物を売買する場合は問題だが、これを賃貸するのだからなんの支障もない旨返答し、土地所有者の承諾をとることを拒否し、敷金残金の支払を要求したこと、そこで原告らは一時席を立ち、知り合いの弁護士に相談したところ、同弁護士は金を支払つてはならない旨教示したので、これをそのまゝ被告阿部に伝えると、同被告は翌三〇日まで待つが、これをすぎれば手付金を没収する旨返答したこと、翌三〇日、原告らは本件賃貸借契約の代理人である被告会社の従業員青井千弘に電話で再度、土地所有者の承諾を得ることを求めたが、同人はこれを拒否したので、今度は直接土地所有者の松坂久子方に電話して右承諾を求めたところ、松坂側の弁護士から被告阿部の土地使用は不法占拠であり、地代も納入されていない旨の回答がなされたこと、そして結局右同日、原告は被告阿部に対し敷金残金四八〇万円を支払わなかつたこと、その後、本件建物敷地所有者である松坂久子らは本件建物所有者被告阿部及びその賃借人西田一郎を被告として昭和五五年一一月一二日、大阪地方裁判所に対し、不法占拠を理由として本件建物収去及び退去の請求訴訟を提起したが、これに対し被告阿部はクニマサ工務店に対する融資金の弱き譲渡担保として本件建物を取得したが、内部的には所有権は移転していない、又は明渡請求が権利の濫用である旨主張しているにとどまり、明確な占有権原を主張していないこと、右訴訟は現在係属中であり、同時に和解も進行中であるが、その成否は未定であることがそれぞれ認められ<る。>
(二) 以上の認定事実によれば、原告らが前記敷金残金を支払わなかつた理由が、本件建物に仮処分執行がなされていること及び被告阿部らが土地所有者から本件賃貸借の承諾を得ることを拒否したことにあるので、右につき被告阿部に債務不履行があるか否かにつき検討するに、
(1) まず、原告は、本件の如き仮処分物件を賃貸することは賃貸人の使用収益義務がそもそも履行不能である旨主張するようである。しかし、仮処分の相対的効力により仮処分債権者である土地所有者に対してその効力を対抗することはできないが、被告阿部は本件賃貸借契約に基づき有効に原告にその占有を移転しこれを使用収益させることはできるから、右仮処分が執行されているからといつて当然に使用収益義務が履行不能となるものではないし、(参照、最高裁昭和三二年九月一九日判決、集一一巻九号一五六五頁)そもそも債務不履行としての履行不能なる概念は法律行為成立時に可能であつてその後に不能となることをいうから、本件契約成立当初から前記仮処分執行がなされていた本件事案においては原告の主張自体失当である。
(2) 次に、原告は被告阿部が土地所有者から本件賃貸借の承諾を得ることを拒否したことが賃貸人の使用収益義務の履行不能である旨主張する。賃貸人は目的物を賃借人に使用収益させる義務を負うが、本件の如く他人所有地上の建物を賃貸する場合、その占有権原を有しないときは、賃貸人は単に建物を賃借人をして使用収益させる義務のみならず、右土地の使用につき土地所有者との間で使用権を設定する義務がありこれを履行してはじめて完全に使用収益義務を履行したものと解するのが相当であり、このことは賃貸人が目的物自体につき所有権その他の賃貸権限を有しないとき、賃貸人はこれを取得して賃借人に完全な使用収益権を得させる義務を負担する(民法五六〇条、五五九条)のと同様である。しかるところ、賃貸人が右使用権設定義務を履行せず、そのため建物賃借人が現実に土地所有者によつて建物からの退去を命ぜられその占有を排除された時点で賃貸人の使用収益義務が確定的に履行不能となることは明らかであるが、問題は右以前の段階で履行不能と認むべき事態が生ずるか否かである。確かに、前記認定事実によれば、昭和五五年七月三〇日現在で土地所有者に右使用権設定の意思がなく、被告阿部も右承諾を得る意思のないことが明らかであるが、そのことによつて本件建物の使用収益自体にはなんらの影響がない。しかも、土地所有者と建物賃借人との間には直接の法律関係はないから、土地所有者の異議申出後の右使用収益による土地所有者に対する不当利得金返還義務又は損害賠償義務発生等の危険は生じない。よつて、原告主張の如き履行不能の事実は未だ発生していないものというべきであるから、これを前提とする原告の主張はすべて理由がない。
(三) しかしながら、前記認定事実によれば、本件賃貸借契約の目的物である本件建物については、その契約成立当初から土地の使用権原がなく、現在も同様の状況にあるものというべきであるから、賃貸の目的物にいわば隠れた権利瑕疵があるものと認めるのが相当である。したがつて、原告は民法五五九条、五七〇条により五六六条の規定を準用することにより、原告において本件建物につき適法な占有権原がないことを知らないため、本件賃貸借契約をなした目的を達することができないときは、本件賃貸借契約を解除することができることになる。しかるところ、前記認定事実によれば、原告は契約当初から右占有権原がないことを知らなかつたものであり、且つ原告は本件建物において美容院経営を意図し、多額の投資をし、長期の経営を前提としていたから、土地占有権原のない建物では到底その契約の目的を達することはできないものと推認される。したがつて原告が被告阿部に対し右瑕疵担保責任を追及して前記敷金残額の支払をしなかつたことは、究極において正当である。よつて、被告阿部は、前記交付にかかる手付金を没収すべき法律上の根拠はない。
4 原告は、昭和五五年七月三〇日に本件賃貸借契約を解除した旨主張し、証人玉田小末の証言中に右に沿う部分があるが、証人青井千弘の証言及び被告阿部本人尋問の結果に照らしにわかに措信し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。よつて、本件賃貸借契約は本訴状が被告阿部に送達されたこと記録上明らかな昭和五五年一二月一〇日をもつて適法に解除されたものというべきである。 (久末洋三)